差別があるから区別がある
最近、SNSの投稿や、それに対しての出来事、ニュースで「差別」という話題が目につく。
- ハリウッドでのアジア人俳優差別(もとい白人社会からの有色人種差別)
- LGBTQ関係はじめ
- 車いす利用者の施設の対応、
などなど。
括りで言えば、マイノリティーとか、多様性の社会へ、とか。
言い方に指摘を頂くかもしれませんが、、、
「差別はあってあたりまえ」
が、小さいころからマイノリティーな部類で生涯を過ごしてきた身からの気持ちです。
差別はいけない、差別と闘おう、差別は許さない
全部、当事者じゃない人からの声なんですね。
当事者は、、、それがあってあたりまえ、という世界観で生きているから。
だから、区別される事を考える。
差別されるような場所には、好き好んで出向かないし、差別されるような考えの人たちとは関りを避けるし、フラットな領域じゃないようなところには関心持たないし。
と、いうのが私の本当の気持ちです。
マイノリティー(少数派)は名の如く、共感する者同士が少ないから、、、
それもわかるから、
「強くなりなさい」
と、我慢や精神論の押し付けもしない。
難しいけどね。
