参院選2025終わって、、、発する言葉、なんとかファースト
20日の参院選2025年投票日が終了しましたね。
まだ全ての開票は終えてないそうですが、議席数などの結果が概ね出ています。
選挙に関することの自身の気持ちなどは、選挙終了するまで控えておりました。
いろいろ、発する言葉に「立場」というのありますからね。
その発する言葉、じっくり私ながら見続けさせていただいてました。
どの発する言葉も正義があり、それを訴えかけて受け止める人もそれぞれ、持っている意見、気持ち、本当に大切だと思う。
でも、この人は、こういう言葉、誰に何を向けて言っているんだろう。
その真意が、その人が本当に誰に届け何のために伝えようとしていることなのか、「その人の言葉」なのかどうか。
仕事柄、人の言葉の真意、誰に向けての言葉、という背景を一旦組み込んで第三者の目で観てみる、というクセをつけている。多分、このブログを見ている人たちの多くもそうでしょう。
人それぞれ、言葉の正義がある、誰かにとってはサさるが、誰かにとっては傷つく、誰かにとっては大いに拍手だが、誰かにとっては切り捨てられる、それを当然のことながらわかっていても、なぜその言葉を大きくして人を惹きつけるための手段としているか?
この人(この党)は何故、あえてこういう言葉で発したのかな?
私は、そこを観続けさせていただいていたかな。そして、それを受け止めている人たちをも。
分断はよくない、みんな仲良く、争いごとなく、正義とは、、、なんていう、無責任な綺麗ごとをいうつもりはない。
でも、
誰に?
何を?
誰が?
何のために?
言葉を発しているか、、、疑問を持たないままで受け止めている人たちが、年々ますます増えてきているように感じる。
自分がどうしたいのか?自分はどう考えるのか?
元々、日本は教育システムや習慣カルチャーで、その自己の力を強くするという事を控えさせられていたから致し方ない部分もあるだろう。
でも、それに輪をかけて、それを上手く利用する商売などもどんどん増えているし、元来悪い部分であった同調圧力、都合の良いときの他責志向、こういうのも国力が弱くなったという言い訳をもとに増えていった。
投票率が、、、選挙がいかない人がいまだこれだけ、、、行かない人は悪だ!という善悪の二分。
行かない人は何故行かないか?の何故の理由を感情論の後に続かない、あの人がこう言ったんだからそうだろう、あそこの会社が言ったからこうだろう、インフルエンサーが勧めてるからなんとなくー。
そういう、日本古来の悪い部分を見えない何かに上手く利用されている感じがするなー、というのが私の感覚です。
結論として、私が思った疑問
なんで「日本ファースト」ではなく「日本(人)ファースト」なんだろう?
(人)を付ける付けないで意味合いが大きく変わる。
日本という集合体(国)をファーストにするという目標から、人という個体をファーストにするという言葉選びをしたのは、、、なんでだろう?
その理由が私としてははっきりわからなかったけど、でも多数の民意から選ばれたその政党。選ばれて当選した今からだと思うから、行く末を観続けさせていただきたい。
これから本格的な暑さに入りますので、暑さ対策怠らず安全に過ごしてまいりましょう。
暑さ対策の身体づくりに役立つヨガレッスンも設けています。
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